ものをつくる人のことを考えれば商品はもっと丁寧に売ってほしい――第97回
藤原 睦朗
メディアエッジ 代表取締役社長
構成・文/谷口一
撮影/津島隆雄
藤原 そうですか。同期生ですね。まさにパソコンの黎明期でした。「J&P」オープンの経緯は、今回出した本にも書いていますが、作家の小松左京さんのひと言が直接の引き金になりました。「浪速にエレクトロニクスの文化を咲かせるのは、上新さんがやらずにどこがやるんですか」。それに対して浄弘社長がきっぱりと切り返したんです。「小松さんがそこまで言われるんやったら、やりまんがな」。それが5月のことです。
奥田 オープンは10月でしたね。わずか5か月で立ち上げられたのですか。
藤原 そうです。新しい店のスタッフは社内公募して、15人が集まりましたが、パソコンがわかるのは1人だけでした。
奥田 今から考えると、けっして十分な体制ではなかったわけですね。
売る側とつくる側の真摯な関係がものづくりを育む
奥田 ソフトバンクの孫正義さんとの出会いも劇的だったようですね。藤原 きっかけは私がかけた一本の電話です。当時24歳の孫さんはすでに大きな器をもっていたんでしょうね。受話器の声に、これはすごい男やと直感しましたから。
奥田 そう直感された藤原さんもすごいですね。孫さんも藤原さんとの出会いから、パソコンソフトの流通業が軌道に乗って、どんどん翼を広げていかれた。
藤原 そういうことですね。今でもつき合いがありますが、いったいどこまで進んで行かれるんでしょうね(笑)。
奥田 藤原さんは、上新電機から映像・通信機器メーカーのカノープス、そして今は映像配信・表示システムのメディアエッジと、売る立場、つくる立場の両方を経験されていますが、そういった視点からは、現在の業界をどうみておられるのですか。
藤原 ものづくりの立場からみると、今の売り方というのは非常に残念に思います。商品を大事に考えてくれていないという無念さですね。つくり手が商品を世の中に出すには、英知を集めて、苦労して、相当な時間、コストがかかっているわけです。それをね、とくに家電製品、パソコンなんかは信じられないほど安い値段で売られているでしょう。ものづくりの精神、ものをつくる人のことを考えれば、もう少し丁寧に売ってほしいなと思います。
奥田 たしかに低価格というのが、売るための有力な手段になっていますね。
藤原 安く売ることは消費者のためにはなるんでしょうけれど……。最先端の技術を駆使した製品をつくっているでしょう。ところがメーカーはどんどん業績が悪くなって、倒産まではいかなくても、合併したり吸収されて、社名もブランドも消えてしまった会社がいっぱいあるじゃないですか。本当に残念だと思います。ある意味において、売る側の責任かもしれません。だから、流通業界がメーカーを潰したと思いますね。つくるということは相当なリスクを抱えているんです。だから、もうちょっと売る側が考えてくれれば、共存共栄ができると思ってます。
奥田 今の状況は、行き過ぎだと……。
藤原 そうですね。今の量販店のオーナーさんは、顧客満足度というのはすごく気にされます。でも、取引先満足度、社員満足度、このあたりを調査されてはどうですかと言いたいですね。
奥田 藤原さんのお話にも、本の中にも、安く売るという言葉は出てきませんね。
藤原 安く売るということに罪悪感を感じているんですよ。われわれの希望する値段で売れることに全力投球してきたんです。浄弘社長も言ってましたね。「うちでは絶対に安いという言葉を使っちゃダメだ」と。「安いというのは、お客さんにとってもメーカーにとっても大変失礼なことや」と言ってね。安いというのは禁句でした。
奥田 藤原さんや浄弘博光氏の言葉は、今も光を放っていますね。いや、むしろ今後ますます、光り輝いてくるのではないでしょうか。明日への扉が藤原さんの本にはぎっしり詰まっています。今日はお忙しいなか、ありがとうございました。
生まれたのだなと改めて教えられました」(奥田)
(文/谷口 一)
Profile
藤原 睦朗
(ふじわら むつろう) 1942年、香川県小豆郡豊島に生まれる。61年、盈進高等学校(広島県福山市)を卒業し、上新電機に入社。経理、商品課を経て、74年、商品部兼営業企画部長に就任。81年、第一販売部長として、日本初の大型パソコン専門店「J&P」を立ち上げる。89年、常務取締役情報システム事業本部長に就任。92年、退社。ソフトバンク、大塚商会、キヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン)、日本IBMなど12社の顧問を歴任。93年、カノープス副社長に就任(後に社長に就任)。2012年、メディアエッジを設立して会長兼社長に就任。13年3月まで東日本大震災復興支援財団の理事を務める。