もうPC周辺機器メーカーとは呼ばれたくない――第92回

千人回峰(対談連載)

2013/10/18 00:00

竹田 芳浩

竹田 芳浩

ロジクール 代表取締役社長

構成・文/谷口一
撮影/清水タケシ

 「マウスはロジクールのものしか使わない」と公言する人たちが私の周りにもいる。そのブランド力は世界が認めるところだ。ロジクールの親会社Logitech Internationalは1981年に創業、スイスに本社がある。日本法人ロジクールは1988年に創業、今年が25周年になる。PCとともに歩んできた企業だ。そのPCがスマートデバイスの登場で急速にシェアを奪われようとしている。緻密なものづくりで勝ち抜いてきた企業は、今後どう舵を切っていくのか。ものづくりにかける思いと進む方向を竹田芳浩社長に聞いた。【取材:2013年7月11日 東京都・港区のロジクール本社にて】

「もうPC周辺機器メーカーとは呼ばれたくない」と語る竹田さん
 
 「千人回峰」は、比叡山の峰々を千日かけて歩き回り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借しました。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れることで悟りを開きたいと願い、この連載を始めました。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第92回>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

創業者のものづくり精神は日本企業とジョブズから学んだ

奥田 ロジクールは、PC周辺機器で「BCN AWARD」受賞の常連ですし、根強いファンの方も多数おられます。世界的に非常に強いブランド力をおもちです。まずは、その製品づくり、ものづくりに対しての根本のところからお聞かせいただけますか。

竹田 ロジクールの親会社であるLogitech Internationalの創業者の一人はスイス人のダニエル・ボレルですが、彼はもともとエンジニアだったということもあって、ものづくり日本への思い入れが非常に強いのです。というよりも、日本があったから彼は商売ができたのです。彼はスイスのレマン湖のほとりにあるローザンヌ工科大学を卒業して、その後、アメリカのスタンフォード大学に留学しまして、その時に、リコー向けのソフトウェアの開発で商売を始めたのです。

奥田 1981年のことですね。リコーのどんな商品だったのですか。

竹田 グラフィカルエディターだと言っていました。その時はまだ会社を設立していなくて、でも、その商売がうまくいきそうなので会社をつくったのです。その取引が彼の出発点なので、日本のものづくりの厳しさというものを、よく理解していると思います。その後、Logitechがワールドワイドに展開する転機になったのが、アップル向けのOEMのマウスの商売です。その時にダニエル・ボレルは、スティーブ・ジョブズと直接、いろいろと交渉したらしいのですが、非常に要求が厳しい。ジョブズの言う技術的な要求を通すには、オムロンのあるスイッチを入れないとうまく作動しないというので、ボレルは日本に来て、オムロンの工場まで行って直接交渉をし、そのスイッチを買い付けたのです。ですから、本当に日本のものづくりのよさというのを、ボレルは理解していまして、それを今もLogitechグループは生かしていると思います。そのへんが根本にあると思います。

奥田 今のお話は日本人にとってはとても響きのいい話なのですが、現状のものづくりのトップベンダーをみてみると、ひどいものですね。経営の内容、シェアにしても。創業が1981年ですと30年以上前ですね。その頃は日本のものづくりはよかったけれど、当時の力が今もあるのでしょうか。下がっているという印象を受けるのですが……。

竹田 日本のものづくりの力は、残念ながら下がっていると思います。ITだけではなく、いろんな業界で、白物家電もそうですけれど、価格競争が非常に厳しくなっていますので、手を抜くという言い方は不適切ですけれど、手をかけないでつくれるような部品でできるものをつくっているという印象を受けます。コード番号にCRとついているものがいろんな会社の製品に見られます。これは、コスト・リダクション(原価低減)の略です。だから可能なものはコストリダクションして製品をつくる。そういうものづくりが幅を利かせているのではないでしょうか。

奥田 今はコストダウンとスピードアップが、製造業の合言葉になっていますが、品質はブランドの信頼を培いますので、大切です。
 

自動化というより人の手を使ってつくっている

奥田 ロジクールの製品で、ここはこだわりだなというのはありますか。

竹田 われわれは、この業界ではめずらしく自社工場を中国にもっていまして、そこでほとんどの製品をつくっています。そういうなかで、一番に言えることは、壊れにくいことです。製品にもよりますけど、マウスでしたら3年保証のものも結構あります。3年保証って、普通はあり得ないんです。競合他社さんが、半年や1年保証が多いなかで、そこもうちならではのしっかりと自信をもってつくっていることの現れだと思いますね。

奥田 いじわるを言えば、3年使うと飽きちゃいますよね(笑い)。

竹田 ですから、壊れる前にぜひともうちの新しいマウスに買い替えていただきたいという思いもあるのですけれど……。

奥田 新しいものが次々と出てくるから飽きちゃうということもあります。

竹田 確かにそういうこともあろうかと思います。ほんとうにクオリティコントロールというのをきちんとやっているんです、私どもは。とくにOEMは、日系メーカーさんのPCは品質に厳しいので、そういうときの監査があったときには、私も一緒に行きましたけれど、非常に厳しい目でいろんなところをみられましたが、ぜんぜん問題なくすんなり通りました。やっぱり、外資系メーカーで自社工場をもってここまできっちりとクオリティコントロールしているというのが、弊社ならではだと思っています。

奥田 自社工場の場所とか規模など教えていただけますか。

竹田 場所は中国の蘇州で、上海から内陸にクルマで2時間くらい入り込んだところです。日系メーカーも結構進出している地域です。今、従業員数は5000人ほどいます。もちろん、いろんな製品がありますので、すべてをうちだけでつくっているわけではなくて、協力工場を使うケースもあります。ただ、柱になっている製品はほとんど、うちの蘇州工場でつくっています。

奥田 ロジクールならではの工場生産方式とか、部品の内製率とか、メーカーによってはこだわっているところがあると思いますが、3年保証ができるほどの自信の生産方式みたいなものが、工場を切り盛りされている人にはあるのではとみています。

竹田 そうですね。例えばマウスでいうと、かなりラインでつくっているのですけど、ものすごく人の手を使ってつくっています。自動化というより、本当に人の手でかなりの部分をつくっています。スクロールするときのカチッっという音がする部分とか、その音もちゃんと出るかどうかというのも、流れ作業の工程で何人もの人が試すとか、ほんとうに手作業で一つひとつしっかりとつくっています。あと、ローザンヌのラボでもそうですし、工場でもまた別途品質チェックするところでは、ドロップ試験とか、キーボードでしたら何十万回もずっと打ち続けるような機械で、横でチェックを行っていたり……。機械化している部分もあるのですが、やはり手作業で一つひとつチェックしています。

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