「ありがとうの輪」で世界中の個を結びつけたい――第90回

千人回峰(対談連載)

2013/08/28 00:00

兼元 謙任

兼元 謙任

オウケイウェイヴ 代表取締役社長

構成・文/小林茂樹
撮影/津島隆雄

奥田 それはいつ頃の話ですか?

兼元 2004年ですね。今度は妻に「この注射を打っていいですか」と。気味が悪いほどかつてと同じ経験をしました。でも、その注射のおかげで回復することができて、再び「ありがたい」という気持ちをリアルに思い起こすことができたんです。

 たまたま退院の2週間後にJ-WAVEの取材が入ったのですが、ここで自分の生い立ちを正直に話そうと思いました。子どもたちには『シンドラーのリスト』という映画を見せて、状況は違うけれど当時のお父さんはあんな感じだったと話しました。「お父さんがラジオで話したら、君たちも人から何か言われるかもしれない」と話すとショックを受けていましたが、妻が「大丈夫だから。そんなことは家族がいれば何とかなる」と安心させてくれたんです。

奥田 世間の反応はどうでしたか。

兼元 ネットの掲示板などに、いくつか差別的なことを書き込まれたことは事実ですが、私はそれを公言したことで気持ちが楽になりました。その後、私と同じことで悩んでいらっしゃる方に向けて、鬱々としていても仕方ないし、(在日韓国人であることを)話しても大丈夫だということを伝えようと、本を何冊か書きました。

奥田 カミングアウトされたわけですね。

兼元 はい。やはりそのときは勇気が必要でしたね。母親には「親戚からいろいろ言われるだろうけどごめんなさい」と謝りました。いまだに話したがらない人が多いというのが実際のところなんです。

知識の流通が世界中に感謝の連鎖を生み出す

奥田 今後の夢を聞かせてください。

兼元 それぞれの国の言語はアイデンティティそのものなので、日本語の「ありがとう」という言葉を世界に広めていこうとは思いません。ですから、「ありがとう」というニュアンスを、例えば「サンキュー」とか「謝々」とか「カムサ」とか「グラシアス」とか、それぞれの国の言葉で伝えて、世界中でやりとりしたいですね。

 個人個人をそういう気持ちで結びつければ、第三次世界大戦は決して起きないと思います。戦争を起こすのは、個人でなく国家です。個人が感謝の気持ちでつながっていれば、たとえ国家が戦争に突き進もうとしたとしても、それにノーと言えるのではないでしょうか。あの国には、世話になったあの人がいるのだからと。そういうメンタリティやつながりを、FacebookやTwitterではなく「ありがとうの輪」でつくっていけたらと考えています。それぞれが助け合えるつながりは、単純なインタレストグラフじゃなくて、「サンクスグラフ」のようなものがキーになるのではないかと思います。もちろん、ビジネス的なモデルと両輪で考えなければいけませんが。

奥田 「ありがとうの輪」は、何によってできるのですか。

兼元 知識の流通です。教えてあげることで人を助け、そこに感謝の気持ちが生まれるということです。ある分野に詳しい人が知識を提供することによって社会貢献につながるわけですが、その知識を無料ではなく、500円とか1000円という少額で提供してみる。例えば、京都を訪れた外国人の案内を、ガイドのように一日何万円ではなくて一日500円で案内してあげるといった試みはおもしろいと思います。もし、そういうやりとりが世界中で行われれば、トータルで膨大な金額になるでしょう。この仕組みをうまく構築していけば、ビジネスとしての売り上げと人間同士の助け合いが両輪で回るのではないでしょうか。それを世界中に広めていくのが私たちの使命だと思います。

奥田 なるほど。このオフィスの会議室の名前も「サンクス」「グラシアス」など、みんな感謝の言葉ですね。今日はお会いできて本当によかった。いいお話を聞かせていただいて、ありがとうございました。

「オフィスの中も感謝の言葉であふれていますね」(奥田)

(文/小林 茂樹)

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Profile

兼元 謙任

(かねもと かねとう)  1966年、名古屋市生まれ。愛知県立瑞陵高等学校から愛知県立芸術大学美術学部デザイン学科に進み、89年卒業。GK京都、ダイワ、イソラコミュニケーションズを経て、2000年2月より現職。『グーグルを超える日』『ホームレスからのリベンジ』『ホームレスだった社長が伝えたい働く意味』など著書多数。