目の前に政治問題があったとしても、中国とはもっとつながっていきたい――第89回
インフォテリア 代表取締役社長/CEO 平野洋一郎
構成・文/小林茂樹
撮影/津島隆雄
平野 ロータスの本社の人たちと関わるようになってわかったのですが、外資系企業の強さの理由の一つは投資家と組んでいるということ。もう一つは競合が多いということです。つまり技術や製品が厳しい競争によって磨かれるということですね。
奥田 投資家と組むということは、エンジェルやベンチャーキャピタルから資金調達することですか。
平野 はい。当時、日本に比べてアメリカでは出資による資金調達が比較的容易でした。当時の米国ロータスは飛ぶ鳥を落とす勢いでしたが、辞める人が多いのです。ロータスより条件のよい会社に移るのかと思っていたら、その半分くらいは起業するというのです。ほとんどがソフトウェア会社ですが、元同僚のつくった10ページほどのビジネスプランを見せてもらうと、こういうソフトを開発し、どういうマーケティングをし、財務プランはこれこれと書いてあります。そこに「3 million」とあり、一瞬300万円かと思ったのですが、円建てのはずはありません。まだ仕事も始めてない奴が3億円を半年で集めるというプランを書いていたんです。当時の私には理解できませんでした。しばらくして聞いてみたら、「3 millionは集まらなかった」と。そりゃそうだ、当然だろうと思ったら、「1.5 millionしか集まらなかった」とか言うわけです(笑)。
奥田 3億円は集まらなかったが、1億5000万は集まったと。
平野 そうです。それで、こういう仕組みがあるのかと納得し、インフォテリアの草創期にエンジェルとベンチャーキャピタルから、結果的に27億円の資金調達をしたのですが、やはり最初は門前払いばかりで苦労しましたね。
奥田 27億円とはすごい! 平野さんはソフト開発よりもお金集めの名人かもしれない(笑)。でも、どうしてそこまで大きな金額を調達することにこだわったのですか。
平野 当時、日本のソフトベンダーが弱体化したのは、日銭を稼ぎながら研究開発を行わざるを得ないからでした。最初は、みんな製品開発だけをやっているんですが、そのうち組織が大きくなると日銭稼ぎのために受託ビジネスを始めるわけです。すると、研究開発はどんどん弱体化していきます。
一方、アメリカのソフト開発ベンチャーは初期からmillionドル単位で資金調達できるので、優秀な社員を集めて、売上げゼロのまま1年、2年をかけて開発に専念することができます。熊本時代に「今日、お金がなければ会社はつぶれる」ということと「明日の種まきをしなければ会社は続けていけない」という考えの狭間で社長とけんかになりましたが、そこに投資してくれる人がいればけんかになることもありませんでした。
つまり、国内企業と外資企業では調達の仕組みがまったく異なっており、ソフトウェア開発に投入するリソースの量も質も圧倒的に差があって、日本に勝ち目はありません。だからこそ、このやり方を日本に移植しなければいけないと思い、インフォテリアでそれを実践したわけです。
平野 ええ、これはまさに宣言をして、自分を追い込んでいるということです。
奥田 いつ頃から?
平野 インフォテリアの創業の頃は、自分のやることがイコール会社の目標なんですね。3年計画を書いて、今年はここまで到達するぞと宣言して、それを実行したというのが始まりですね。
奥田 ご自身の中国語検定についても公約されましたね。
平野 一昨年の1月1日に、「中国語をマスターします」と公約しました。どうして中国語かというと、杭州に加えて上海にも拠点を設けたように、中国で開発するだけでなく販売もしたいからです。中国のマーケットに進出するのであれば先方がお客様なので、当然こちらから先方の言葉で伝える努力をしなければなりません。英語でOKとか日本語でOKというわけにはいかないのです。どこまで上達するかはわかりませんが、会社のトップが中国語を話すということは大事なことだと思っています。
奥田 公約の結果はいかがでしたか。
平野 語学というのは日々レッスンしないといけないので、まさに宣言でもしないと途中でへこたれるんですね。だからあえて、ツイッターとフェイスブックと新年メールで公約したのですが、準4級、4級と順調に合格しました。そして、去年の年頭に今年は3級ですと宣言しましたが、3月の試験は不合格、6月の試験も不合格で、これはさすがにまずいと(笑)。チャンスは年に3回あるのですが、11月の試験でなんとか合格し、ギリギリで公約達成できました。
奥田 それは立派ですね。
平野 実は中国語検定の前に、体重を落とすという公約もしているんです。その手法として、毎朝リアル体重をつぶやきました。するとずいぶん効果があり、ピークから10キロ、宣言してから8キロ減りました。健康診断での血糖値も下がりましたし、スーツも以前はダブルをオーダーでつくらないと着られなかったのですが、今は既製品でも大丈夫です。フォロワーの皆さんは全然気になさっていないでしょうが、ツイッターの場合だと7000人くらいに宣言しているわけですから、こちらとしては文字通り身が引き締まる思いですね(笑)。
奥田 いいことだらけですね。どうかこれからも「宣言社長」を続けてください。
奥田 投資家と組むということは、エンジェルやベンチャーキャピタルから資金調達することですか。
平野 はい。当時、日本に比べてアメリカでは出資による資金調達が比較的容易でした。当時の米国ロータスは飛ぶ鳥を落とす勢いでしたが、辞める人が多いのです。ロータスより条件のよい会社に移るのかと思っていたら、その半分くらいは起業するというのです。ほとんどがソフトウェア会社ですが、元同僚のつくった10ページほどのビジネスプランを見せてもらうと、こういうソフトを開発し、どういうマーケティングをし、財務プランはこれこれと書いてあります。そこに「3 million」とあり、一瞬300万円かと思ったのですが、円建てのはずはありません。まだ仕事も始めてない奴が3億円を半年で集めるというプランを書いていたんです。当時の私には理解できませんでした。しばらくして聞いてみたら、「3 millionは集まらなかった」と。そりゃそうだ、当然だろうと思ったら、「1.5 millionしか集まらなかった」とか言うわけです(笑)。
奥田 3億円は集まらなかったが、1億5000万は集まったと。
平野 そうです。それで、こういう仕組みがあるのかと納得し、インフォテリアの草創期にエンジェルとベンチャーキャピタルから、結果的に27億円の資金調達をしたのですが、やはり最初は門前払いばかりで苦労しましたね。
奥田 27億円とはすごい! 平野さんはソフト開発よりもお金集めの名人かもしれない(笑)。でも、どうしてそこまで大きな金額を調達することにこだわったのですか。
平野 当時、日本のソフトベンダーが弱体化したのは、日銭を稼ぎながら研究開発を行わざるを得ないからでした。最初は、みんな製品開発だけをやっているんですが、そのうち組織が大きくなると日銭稼ぎのために受託ビジネスを始めるわけです。すると、研究開発はどんどん弱体化していきます。
一方、アメリカのソフト開発ベンチャーは初期からmillionドル単位で資金調達できるので、優秀な社員を集めて、売上げゼロのまま1年、2年をかけて開発に専念することができます。熊本時代に「今日、お金がなければ会社はつぶれる」ということと「明日の種まきをしなければ会社は続けていけない」という考えの狭間で社長とけんかになりましたが、そこに投資してくれる人がいればけんかになることもありませんでした。
つまり、国内企業と外資企業では調達の仕組みがまったく異なっており、ソフトウェア開発に投入するリソースの量も質も圧倒的に差があって、日本に勝ち目はありません。だからこそ、このやり方を日本に移植しなければいけないと思い、インフォテリアでそれを実践したわけです。
「公約」で自分を追い込む
奥田 ところで、平野さんはSNS上で「去年はこうだった」と報告して、「今年はこうする」という宣言というか公約を明らかにされていますね。平野 ええ、これはまさに宣言をして、自分を追い込んでいるということです。
奥田 いつ頃から?
平野 インフォテリアの創業の頃は、自分のやることがイコール会社の目標なんですね。3年計画を書いて、今年はここまで到達するぞと宣言して、それを実行したというのが始まりですね。
奥田 ご自身の中国語検定についても公約されましたね。
平野 一昨年の1月1日に、「中国語をマスターします」と公約しました。どうして中国語かというと、杭州に加えて上海にも拠点を設けたように、中国で開発するだけでなく販売もしたいからです。中国のマーケットに進出するのであれば先方がお客様なので、当然こちらから先方の言葉で伝える努力をしなければなりません。英語でOKとか日本語でOKというわけにはいかないのです。どこまで上達するかはわかりませんが、会社のトップが中国語を話すということは大事なことだと思っています。
奥田 公約の結果はいかがでしたか。
平野 語学というのは日々レッスンしないといけないので、まさに宣言でもしないと途中でへこたれるんですね。だからあえて、ツイッターとフェイスブックと新年メールで公約したのですが、準4級、4級と順調に合格しました。そして、去年の年頭に今年は3級ですと宣言しましたが、3月の試験は不合格、6月の試験も不合格で、これはさすがにまずいと(笑)。チャンスは年に3回あるのですが、11月の試験でなんとか合格し、ギリギリで公約達成できました。
奥田 それは立派ですね。
平野 実は中国語検定の前に、体重を落とすという公約もしているんです。その手法として、毎朝リアル体重をつぶやきました。するとずいぶん効果があり、ピークから10キロ、宣言してから8キロ減りました。健康診断での血糖値も下がりましたし、スーツも以前はダブルをオーダーでつくらないと着られなかったのですが、今は既製品でも大丈夫です。フォロワーの皆さんは全然気になさっていないでしょうが、ツイッターの場合だと7000人くらいに宣言しているわけですから、こちらとしては文字通り身が引き締まる思いですね(笑)。
奥田 いいことだらけですね。どうかこれからも「宣言社長」を続けてください。
「『宣言社長』はいいことだらけですね」(奥田)
(文/小林 茂樹)
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Profile
平野 洋一郎
(ひらの よういちろう) 1963年、熊本県生まれ。83年、熊本大学を中退し、ソフトウェア開発ベンチャー設立に参画。日本語ワードプロセッサを開発して8ビット時代のベストセラーとなる。87~98年、ロータスで製品企画とマーケティングを統括。98年、インフォテリアを創業。2007年、東証マザーズ上場。08~11年、青山学院大学大学院社会情報研究科客員教授。現在、MIJSコンソーシアム副理事長、先端IT活用推進コンソーシアム副会長、XML技術者育成推進委員会副会長を務める。