「坂の上の雲」の夢を描いて、人と組織を生かす――第88回
河井 信三
東芝ソリューション 取締役社長
構成・文/小林茂樹
撮影/横関一浩
あるビジネスショウの会場で東芝ソリューションの河井信三社長にお会いした際、私は直感的に「とても熱い人だな。きっと、ものづくりや企業経営について力を込めて話してもらえるに違いない」と確信した。その読みは見事に当たった。人を大切にし、組織の力を最大限に発揮することの大切さを熱っぽく語る一方で、電力事業での経験を踏まえつつ、自社を取り巻く経営資源をいかに活用するかを熱心に話していただいた。【取材:2013年2月12日 東京・港区の東芝ソリューション本社オフィスにて】
「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
社員の力を引き出して組織力を発揮する
奥田 河井さんは電力という巨大なインフラ部門で長年活躍された後、ソリューションといういわば目に見えないものを扱う世界に移られました。ものづくりという観点からすれば、共通するものはあるのでしょうか。河井 電力の分野では、事業資産となる電力設備を設計する人、組み立てる人、それを使う人というように、数多くの人が仕事を分担して事業を成り立たせていて、チームプレーが不可欠です。これに対してITの世界では、人が資産(電力でいえば、電力を生み出す発電機のようなもの)なのです。そして、一人パソコンの前に座って、「個の仕事」に従事する場面が電力分野の人よりも多いといえるでしょう。
このように見た目はだいぶ異なるわけですが、私が東芝ソリューション(TSOL)の社長に就任してまず思ったのは、機械に油を注すように、人もきちんとメンテナンスしなければいけないということでした。ITのシステムは組織や関係者が協力してつくるものであるにもかかわらず、個人が孤独な状況で開発を進めていることもあるのではないか……。そんな思いがあったのです。そこで、職場環境の見直しも含めて、無理なくスムーズに業務を進めるには何をすべきかということを最初の課題として捉えました。
奥田 とくに何が大切だと思われましたか。
河井 社員個々のことを知ったうえで、組織力を発揮するということが、IT業界でも、ものづくりの原点になると思いました。より具体的にいえば、その人がもつ力を100%引き出してあげることが、TSOLのものづくりだと思っています。60しかできない人に100を求めてはいけませんが、60はきちんとやってもらわなければならない。逆に、100の能力がある人に80しか要求しないというようなことがあってはいけません。だから、個々の人を知ることが重要になるわけです。
そのうえで、実力の底上げを図る必要がありますね。ただ、研修などを通じて別の視点を与えることで伸びる人もいれば、これは私自身の経験でもありますが、話をちょっと聞いてもらっただけで気持ちが楽になり、一皮むけることもあります。人は、自然に育つものではありません。気づきを与えることが、その人を成長させるのだと思います。
奥田 人を知るために、どんなことを実践しておられるのでしょう。
河井 TSOLに来たばかりの頃は、社員を誰も知りませんでしたので、とりあえず全員と飲もうと(笑)。ようやく各組織をほぼ一巡したところです。公の席で社員に向けて話をする機会はいろいろとあるのですが、なかなか伝わりにくいと感じます。そういう場よりも、例えば花見の会場に差し入れを携えて顔を出したほうが、私の思いが伝わる気がします。
奥田 社員の方々に一番伝えたいのはどんなことですか。
河井 やはり、社員が財産だということです。そして、「人が財産だ。人を大事にしよう。コミュニケーションを増やそう」という掛け声だけでなく、それをどう行動に移し、組織力を強化して業績の向上を図るのかが大事なんだということを一番伝えたいですね。
奥田 ものづくりは人づくりとよくいわれますが、河井さんの人づくりは飲みニュケーション中心のようですね。
河井 いろいろですよ。ゴルフあり、麻雀あり、歌舞伎にもつき合ったことがあるし、カラオケ好きの相手と一日108曲歌ったことあります。煩悩の数まで歌おうと(笑)。
奥田 それはすごい!
河井 いくらシステムや組織がしっかりしていたとしても、仕事というものは人と人のコミュニケーションの上に成り立つものですから、相手に対する好き嫌いの感情が仕事の成否に影響を及ぼすこともあります。
電力事業部時代、私が現場に行くと、そこに製造長という職場のリーダーがいるわけです。製造長は主任クラスのポジションですが、この人が「納期を守れ」と命じたら全員が徹夜もいとわずに懸命に働いてくれます。トラブルが起きたりすると、私はよく人数分の寿司折りを抱えて、製造長に頼み込みに行ったものです。それを意気に感じてもらい、危機を脱した経験が何度もあります。キーパーソンの気持ちをつかむことと、常に目配りする姿勢の大切さはIT系の企業でも同様だと思います。
奥田 人を大事にすれば、一生懸命働いてくれるということですね。