自分の身体をいかに高所登山に特化した“道具”とするか――第87回
プロ登山家 竹内洋岳
構成・文/小林茂樹
撮影/津島隆雄
竹内 どうでしょうか。同じ死を見つめるにしても、原発事故と高所登山とではやはり状況が違います。原発事故でご苦労された方々は、自分から死に近づいていったわけでないのに死が向こうから近づいてきてしまい、その危機を家族や地域の人たちにまで及ばないように努力されているわけですね。それに対して私たちは、危険を承知で自らそこに行こうとしている。その点ではまったく異なると思います。
奥田 危険に近づく動機が違うと。
竹内 人を守るための死というものがあるとすれば、その価値は圧倒的に大きな意味をもっていると思います。それに対して、私たちの高所登山には、そういうものはまったくありません。
山での遭難事故を完全に防ぐ唯一の方法は、山に行かないことです。行かなければ事故は絶対あり得ない。でも私たちは、「危ないだろう」と意識しながら山に入って行くわけです。そう思って入って行くからこそ危険を感知でき、それを避ける行動が取れるわけですね。自ら選んだリスクなので、それに対する悲壮感はありません。山で死ぬかもしれないというのは正論ですが、私たちにとっては、むしろ日常生活における危険や死よりも見えやすいと思います。つまり、日常生活のほうが何が起こるかわからず、想像が及ばない危険があるわけです。それゆえに危険を回避しにくいわけで、震災や原発事故が私たちの想像を絶したというのは、まさにそういうことだと思います。ですから、私たちの死への感覚というのは、日常生活におけるそれとはだいぶ違うんですね。
竹内 現場に持っていくのは、パソコン、デジカメ、衛星電話と衛星モデム、それに電源となる折り畳み式のソーラーパネルですね。今使っているパソコンはパナソニックのレッツノートで、SSD内蔵のものです。これまでいろいろな機種を持っていきましたが、標高5000mを超えるとハードディスクが動かなくなります。
奥田 パソコンはどの地点まで持っていくのですか。
竹内 ベースキャンプまでですから、だいたい5000mですね。チョー・オユー(8201m)のベースキャンプは5700m地点でしたが、このSSD内蔵のものは問題なく動いていました。デジカメもパナソニックのルミックスですが、これを使う理由は軽量であることと、パワースイッチがスライド式になっていることです。スライド式のパワースイッチはパナソニックだけで、他のメーカーのものはみんな長押しなんです。長押しボタンは、グローブをしていると押せません。ライカのレンズや撮影モードの多彩さよりも、このスライド式のスイッチが私にとって一番重要なのです。
奥田 時計はカシオですね。
竹内 そうです。これは技術者の方と一緒になってつくり上げた300台限定のモデルです。フルアナログという条件の下でいかにいいものをつくるかというチャレンジで、構想から完成まで3年ほどかかりました。
奥田 なぜ、アナログに?
竹内 高度計のついたデジタル時計は、ほぼ完成の域に到達しています。改良の余地はまだあるとは思いますが、表現方法としては行き着いてしまっている。そこでアナログ時計で、いかに標高、気圧、コンパスを表現するか、それもデジタルとの併用ではなく、すべてアナログで表現するという課題を出したんです。
ある意味、無駄なことをしたのですが、その無駄のうえに、すごい技術革新が起こりました。デジタル表示のモデルとほぼ同じ厚さのケースにアナログのエンジンを組み込んだのです。アナログ製品の場合はモーターが内蔵され、針の厚みもあるので、デジタルモデルよりも断然、厚くなってしかるべきなんですが、それをここまで薄くしたことは驚きです。また、電力消費の多いモーターを動かすために、ソーラーパネルの発電量を上げ、消費電力を抑える技術を新たに開発したことで、次のモデルに搭載されるエンジンは、なんと、消費電力が10分の1になりました。
奥田 なるほど。メイド・イン・ジャパンの技術は、まだまだ健在ですね。
奥田 危険に近づく動機が違うと。
竹内 人を守るための死というものがあるとすれば、その価値は圧倒的に大きな意味をもっていると思います。それに対して、私たちの高所登山には、そういうものはまったくありません。
山での遭難事故を完全に防ぐ唯一の方法は、山に行かないことです。行かなければ事故は絶対あり得ない。でも私たちは、「危ないだろう」と意識しながら山に入って行くわけです。そう思って入って行くからこそ危険を感知でき、それを避ける行動が取れるわけですね。自ら選んだリスクなので、それに対する悲壮感はありません。山で死ぬかもしれないというのは正論ですが、私たちにとっては、むしろ日常生活における危険や死よりも見えやすいと思います。つまり、日常生活のほうが何が起こるかわからず、想像が及ばない危険があるわけです。それゆえに危険を回避しにくいわけで、震災や原発事故が私たちの想像を絶したというのは、まさにそういうことだと思います。ですから、私たちの死への感覚というのは、日常生活におけるそれとはだいぶ違うんですね。
無駄に思える課題が予想外の技術革新を引き出す
奥田 ところで登山の世界でも、いまはIT機器が必須になっていますが、竹内さんはどんなものをお使いですか。竹内 現場に持っていくのは、パソコン、デジカメ、衛星電話と衛星モデム、それに電源となる折り畳み式のソーラーパネルですね。今使っているパソコンはパナソニックのレッツノートで、SSD内蔵のものです。これまでいろいろな機種を持っていきましたが、標高5000mを超えるとハードディスクが動かなくなります。
奥田 パソコンはどの地点まで持っていくのですか。
竹内 ベースキャンプまでですから、だいたい5000mですね。チョー・オユー(8201m)のベースキャンプは5700m地点でしたが、このSSD内蔵のものは問題なく動いていました。デジカメもパナソニックのルミックスですが、これを使う理由は軽量であることと、パワースイッチがスライド式になっていることです。スライド式のパワースイッチはパナソニックだけで、他のメーカーのものはみんな長押しなんです。長押しボタンは、グローブをしていると押せません。ライカのレンズや撮影モードの多彩さよりも、このスライド式のスイッチが私にとって一番重要なのです。
奥田 時計はカシオですね。
竹内 そうです。これは技術者の方と一緒になってつくり上げた300台限定のモデルです。フルアナログという条件の下でいかにいいものをつくるかというチャレンジで、構想から完成まで3年ほどかかりました。
奥田 なぜ、アナログに?
竹内 高度計のついたデジタル時計は、ほぼ完成の域に到達しています。改良の余地はまだあるとは思いますが、表現方法としては行き着いてしまっている。そこでアナログ時計で、いかに標高、気圧、コンパスを表現するか、それもデジタルとの併用ではなく、すべてアナログで表現するという課題を出したんです。
ある意味、無駄なことをしたのですが、その無駄のうえに、すごい技術革新が起こりました。デジタル表示のモデルとほぼ同じ厚さのケースにアナログのエンジンを組み込んだのです。アナログ製品の場合はモーターが内蔵され、針の厚みもあるので、デジタルモデルよりも断然、厚くなってしかるべきなんですが、それをここまで薄くしたことは驚きです。また、電力消費の多いモーターを動かすために、ソーラーパネルの発電量を上げ、消費電力を抑える技術を新たに開発したことで、次のモデルに搭載されるエンジンは、なんと、消費電力が10分の1になりました。
奥田 なるほど。メイド・イン・ジャパンの技術は、まだまだ健在ですね。
「なるほど。経験を積み重ねてはいけない、と」(奥田)
(文/小林 茂樹)
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Profile
竹内 洋岳
(たけうち ひろたか) 1971年東京生まれ。高校・大学の山岳部で登山の経験を積み、20歳で初めてヒマラヤの8000m峰を経験。95年にマカルー(8463m)東稜下部初登攀により頂上に立ち、96年にはエベレスト(8848m)とK2(8611m)の連続登頂に成功。2007年にパキスタンのガッシャブルムII峰(8035m)で雪崩に巻き込まれ、腰椎破裂骨折の重傷を負い、救助は不可能と思われたが、各国の登山隊の献身的な救助により助け出される。復帰は絶望的ともいわれたが、手術・リハビリにより、わずか1年後に事故のあったガッシャブルムII峰へ再び挑んで登頂に成功する。12年5月、ダウラギリの登頂に成功し、日本人初の8000m峰14座完全登頂を達成。これにより「2012植村直己冒険賞」を受賞した。ICI石井スポーツ所属。