多品種変量生産で「MADE IN TOKYO」を掲げる――第85回
清水 直行
日本ヒューレット・パッカード PPSサプライチェーン本部長兼昭島事業所長
構成・文/谷口一
「ものづくり」において、われわれ日本人は非常に優秀だという誇りをもっている。しかし、日本製品のマーケットシェアは、世界の中でも縮小の一途をたどっているのが現実だ。また、ここ数年、メーカーはリストラで万の単位で人を減らしている。では、日本の「ものづくり」の強さとは何なのか? そんな着想から、国内のPC生産工場を訪問して、その答えの片鱗でもつかみたいと企画したこのシリーズ。NEC米沢、島根富士通と巡って、最後は東京・昭島の日本ヒューレット・パッカード(HP)昭島事業所にたどりついた。「MADE IN TOKYO」の看板が迎えてくれた。外資系の企業でどんなことを聞き出すことができるのか。【取材:2012年12月14日 東京都・昭島市の日本ヒューレット・パッカード昭島事業所にて】
「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
昭島で生産していること自体が高品質につながっている
奥田 「MADE IN TOKYO」を掲げておられますが、まず、昭島事業所の特徴を教えていただけますか。清水 ポイントは「品質」と「短納期」、そして「サービス」です。ここは工場ですけれど、サービス拠点でもあり、いろいろなサービスを付加しています。一台一台異なる構成でPCをつくっていますが、その一歩先のカスタマイズした「サービス」も請け負っています。
奥田 「品質」「短納期」「サービス」、これは時代によって変化するものでしょうか。いつの時代でも、この三つは工場の強さをつくっていく要素なのでしょうか。
清水 三つ目の「サービス」という概念は、少なくとも10年前はなかったものです。
奥田 具体的には、何年頃から「サービス」を意識されるようになったのですか。
清水 デスクトップ製品の生産を日本で始めたのが1999年です。その当時は、ハードウェアとソフトウェアを選んでいただくカスタマイズ、われわれはCTO(注文仕様生産方式)と呼んでいますが、それ自体が新しい付加価値だったのです。カスタマイズで短納期というビジネスモデルを築いて、国内生産をスタートしました。今やっているようなお客様の利用するアプリケーションやネットワークなどの設定を含んだインテグレーションサービスを最初に始めたのは約8年前です。個別の依頼に対応するようになって、その後メニュー化が進み、今のかたちになったのが2006年からです。その後、いろいろ加わり、まさに多品種変量生産です。
奥田 なるほど。次に「MADE IN TOKYO」の「品質」について聞かせてください。
清水 品質といっても、製品のデザイン、生産の工程、輸送に起因するものなどがあります。ここで生産している製品の部品は、すべて世界共通です。ですから、デザインという面では、上海の工場でもインドの工場でもまったく同じです。違いが現れるのは、つくり込みの部分です。人も違いますし、ラインを構成している工程の細分化の仕方とか、アセンブリのステップの分け方などが異なります。あと、検査の工程も、診断プログラムを使って行うテストの部分は共通ですが、人が目で見る検査や、抜き取り検査は違いが出るところです。海外でつくった完成品を日本のお客様にお届けし、その製品の着荷時不良率と、ここから出荷したものを比較すると、数字に差が出ます。
奥田 それは、上海の工場は着荷時の不良率が何%、日本は何%、インドは何%という数字でしょうか。
清水 そうですね。海外の工場で生産した製品だと、輸送距離が長くなって、当然ながら、その間に受ける振動や衝撃、温度・湿度の変化があります。飛行機であれば温度変化も激しく、そういったことも品質に影響してきます。
奥田 海外に「MADE IN TOKYO」マシンが出ていくことはあるのでしょうか。
清水 いや、それはありません。ここから輸出はしていませんから。
奥田 ということは、逆のケースでの着荷時の不良率はとれないということですね。しかし、昭島で生産しているということ自体が、品質の保証になっているわけですね。
東京生産だからこそできる納期厳守
奥田 昭島事業所ならではの特徴はほかにもあるのでしょうか。清水 特殊といいますか、HPはグローバルにいくつも工場がありますが、この工場だけが、一つの国、日本だけをサポートしています。他の工場は複数の国を、例えばオーストラリアの工場はオーストラリアとニュージーランド他の南太平洋の国々をサポートしていますし、シンガポールの工場は台湾を含む東南アジアの国々、上海にある工場は中国全土と韓国もサポートしています。
奥田 それは、何か理由のようなものがあるのでしょうか。
清水 そうですね。もともとのこの工場の成り立ちが、弊社のDirectplusというウェブのオンラインのショップで、一台からお好みの構成でオーダーをお受けして、それを短納期でお届けするというビジネスモデルをサポートするためにスタートした工場でして、完全にそこの目的と仕組みが他の工場と違うのです。一品一様の製品をつくる、そのビジネスをサポートするためにスタートした工場なのです。
奥田 HPは世界に工場がいくつあるのですか。
清水 公表はしていないのですが、かなりあります。数十でしょうか。アジアの地域が一番多いですね。本社側から見ると、もちろん消費地があるのと生産にかかるコストも安い。品質が保てて、しかもコストが安いということですね。いろんなリスクを考えて、どこに工場をおいて、どこをカバーするかというデザインをするわけです。その時に、たぶん最初は日本をそういう拠点にという考えはなかったかもしれません。だけど、日本でビジネスをしているメンバーからみると、日本のお客様の要求に応えていくには、こういうことをやっていかなくてはいけないということを訴えて、認めてもらっているわけです。
奥田 ということは、日本のお客様の特殊性というものがあるということですか。
清水 そうですね。どちらかというと売る側から、日本でつくるということを強くリクエストしてきて実現した工場でもありますので、ビジネスサイドに立った強い考えがあります。
奥田 営業側とすれば、どんな考え、意図があるのでしょうか。