毎日ベータ版をリリースして日々進化できる会社にしたいと考えた――第76回
翁 永飆
キングソフト 代表取締役社長
構成・文/小林茂樹
撮影/横関一浩
ソフト会社ではなく、インターネット会社に
奥田 独立のきっかけは何だったのですか。翁 1999年から2000年にかけてはネットベンチャーの最盛期でしたが、きっかけとなったのは、渋谷のビットバレーのオフ会で現在の共同経営者である沈海寅と会ったことです。2000年4月にインターパイロンという会社を設立し、同じ年の8月に旧アクセスポート(現JWord)を設立しました。
最初に手がけたのは、Let's cardというオンラインの名刺交換サービスで、いわば現在のフェイスブックのようなシステムでした。しかし、2年間取り組んだものの時期が早すぎてうまくいかず、2002年にはJWordの事業を本格スタートさせます。JWordは日本語キーワードサービスの事業で、ドメイン名ではなく日本語を入力するだけで目指すサイトに到達できるというもので、企業にキーワードを売ることで収益を得るビジネスモデルです。ここでようやく黒字化を果たすことができました。
奥田 そのJWordをGMOグループに売却して、キングソフトの経営に参画したのには、どんな理由があったのですか。
翁 JWordは便利ですが、ユーザーが必ず使わなくてはならない機能ではありません。パソコンに欠かすことのできないソフトウェアは、OS、メール、ブラウザ、オフィス(統合ビジネスソフト)、セキュリティの5種類だけです。そのうち、キングソフトはオフィスとセキュリティソフトをもっています。これなら日本の市場で十分収益を上げられると思いました。それで、キングソフトのCEOに日本進出を提言したのです。
奥田 今かかわっている事業領域で、例えば5年先、こんな方向へ向かうのではないかと予測しておられることを教えてください。
翁 日本でキングソフトを立ち上げるとき、ソフトウェア会社ではなくインターネットの会社をつくろうと考えました。パッケージソフトは1年に1回しかバージョンアップしませんが、ウェブサービスであれば毎日でもベータ版をリリースして進化させることができます。ソーシャルやクラウドの流れは進むでしょうから、インストール型のソフトウェアはなくなる可能性が高いと思います。加えて、場所や端末の制限がなくなり、どこにいても自由自在に情報が得られるようになるでしょうね。
奥田 これまで「えっ、こんなものもあるの」というような新しい価値や本質が登場してきたと思いますが、今後はどんな新しい本質が現れるでしょうか。
翁 今感じているのは、一定数以上のユーザーに対して、よりフリーになっていくようなサービスが増えるのではないかということです。例えば、これまで音楽のダウンロードは、1曲ずつ買う、もしくは月額500円で何曲まで買えるというアプローチしかありませんでしたが、これからはおそらく聴き放題といったかたちも出てくるでしょう。何十億人もユーザーがいるから稼げる、要するに面積をとれる会社が勝つというトレンドがあるように思います。フェイスブックがいい例ですが、何千万もの人が利用することによって、今まで不可能だった無料化が可能になることは十分想定できますね。またそれとは逆に、すごくユニークなサービスを少数のユーザーに対して提供し、ロイヤリティカスタマーをつかむというトレンドもあると思います。
奥田 最後の質問です。日本と中国の国家間の問題についてどう思われますか。
翁 難しい質問ですね。例えば私は中国人で、会社は日本法人、社員も日本人、製品も日本人向けです。つまり、それなりのベネフィットをお互いに受けているわけですが、国家間の問題でその事業ができなくなったら、双方とも非常に損をすると思います。ある意味、この問題は永遠に続くテーマであることを認識して、国家も国民もスマートにふるまうしかないですね。
奥田 同感ですね。同時にわれわれ日本人も中国の人の対日感情をもっと知らなければならないと改めて思います。
「われわれ日本人も中国の人の対日感情をもっと知らなければならないと改めて思います」(奥田)
(文/小林 茂樹)
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Profile
翁 永飆
(Weng Yongbiao) 1969年、上海生まれ。96年、横浜国立大学大学院電子情報工学研究科修了後、伊藤忠商事に入社。インターネットを利用したコンテンツ配信など新規事業に従事。2000年、アクセスポート(現JWord)を設立して代表取締役に就任。06年、ACCESSPORTを設立して代表取締役に就任。07年、キングソフト取締役。08年、同社の代表取締役に就任。