「日本発のデファクトスタンダードをつかむ」――第66回
京都大学 大学院 情報学研究科 准教授 新熊亮一
構成・文/谷口一
若い研究者に会うのは楽しい。研究の鋭さに感動するだけではなく、未来にわくわくする希望を与えてくれるからだ。ひたむきさのなかに熱い思いをひしひしと感じる。今にも地上に噴き出そうとするマグマのようだ。京都大学の新熊亮一准教授には、知人の紹介で会うことができた。ITの将来に希望の明かりを照らしてくれる人との出会いに感謝したい。日本にはまだまだ有能な人材がいる。頼もしいかぎりだ。【取材:2012年1月26日 千代田区内神田のBCNオフィスにて】
「このアプリは、言葉を含んでいる、いないではなく、言葉と言葉の関係性からそれらの中間や周辺にあるものを抽出できます」と新熊先生。
「千人回峰」は、比叡山の峰々を千日かけて歩き回り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借しました。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れることで悟りを開きたいと願い、この連載を始めました。
「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
株式会社BCN 社長 奥田喜久男
<1000分の第66回>
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
76世代に生まれて
奥田 先生はネットワークに関連する研究を行っておられますが、どういうきっかけで、いつ頃からこういう世界に興味を抱かれたのでしょうか。新熊 学生時代から、通信システムのためのエージェントの研究をしていましたから、やっていることの本質や軸は変わっていませんね。
奥田 先生は1976年生まれの35歳とおっしゃっていましたから、15年前くらいからエージェントの研究をしてこられたわけですか。
新熊 そうです。NTTドコモのiモードが立ち上がったのが1999年で、その頃にエージェントという概念に注目しました。例えば、なんらかの通信をしたいという場合に、エージェントが必要なフォーマットで通信帯域をとってきてくれたり、今、欲しいデータなのか後でいいのかを判断してくれたりという研究をやっていました。
奥田 かなり先駆的ですね。
新熊 だから当時、学会でそういう話をすると皆さんポカンという感じで……。「何を言っているのだ、君は」という目で見られて、なかなかつらかったです。
奥田 大阪大学の在学時代ですね。
新熊 ええ。当時、通信工学専攻というのがありまして、まさに通信をやるところで、そこでやっていました。
奥田 それ以前、高校生の頃からやはり通信に興味をもっておられたのですか。
新熊 いや、情報通信の世界に入る前までは、音に興味があったのです。ご覧になったことがあるかもしれませんが、音の波形、例えば、ピアノの音は最初にガンと上がって急激に減衰する包絡線を描きます。また、波を共振させれば耳に聞こえる音も変わり、理論的には一つの波を合成することであらゆる音がつくれます。テクノロジを駆使して音として伝えることに興味があったんですね。通信系に進んだのも「伝える」ことに対する興味がもともとの発端なのです。
ですから、私の場合は、ずっとコンピュータをやってプログラミングしてというのではありません。たぶん「モノが人に与える影響」のほうに興味がいっていたと思います。
奥田 使う側の観点ですね。
新熊 そうですね。なぜ心地よい音に聞こえるのだろうかという人側の視点が、やはり今の私の原点だと思います。
奥田 高校生の頃はあまりパソコンには興味がなかったということですか。
新熊 黒い画面に白い文字で面白くなかったです。でも、音を合成するものには、結構、専用機があってはるかに魅力的でしたね。それが、大学に入学した頃くらいですかね。あっという間にパソコンで何でもできる時代に入ったのです。
奥田 大学に入学したのは何年でしたか。
新熊 1996年ですね。
奥田 Windows 95の翌年ですか。パソコンの世界がいっぺんに変わった頃ですね。
新熊 私は1976年生まれで、76世代なのです。それは情報通信の技術の進歩をまさに体験してきた世代で、一番使える世代だといわれているみたいです。
奥田 情報通信の技術の進歩とともに歩んでこられた。「mixi」の笠原健治さんや「グリー」の田中良和さん、「はてな」の近藤淳也さんなどがほぼ同じ世代ですね。まさにネットワークのど真ん中という感じですね。
“何となく”感に応える辞典アプリ
奥田 では、先生の新しい情報システムから生まれたアプリケーションを紹介していただけますか。新熊 そうですね。これは今までにはない辞典なのです。辞典や辞書といえば、「あ」や「A」から規則正しく並んだものをイメージします。何かわからない言葉があったら、それをインデックスで探し、行き着くと定義とか意味が書いてあり、それで終わりというものが普通です。しかし、このアプリは、気になった言葉があった場合に、その言葉に関係する周辺のことまでが表示されるようになっています。
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Profile
新熊 亮一
(しんくま りょういち) 京都大学情報学研究科 准教授。 1976年10月3日、大阪生まれ。大阪大学で博士(工学)を2年短縮して取得。2003年4月より京都大学教員。2011年9月に代表発起人として産業フォーラム「モバイルソーシャライズシステムフォーラム(MSSF)」を設立、現会長。通信システム、情報システム、アプリケーションなど、対象を問わず、人と相互の関係に着目したアプローチでシステム設計を行う。産学共同研究開発の実績多数。