新しい発見から、新しいモノが生まれる――第64回
慶應義塾大学 環境情報学部 教授 武藤佳恭
構成・文/谷口一
お金を使わず知恵を絞る
武藤 この間、温度差発電の講演会のなかで、知識と知恵について話しました。奥田 知識と知恵には、どういう違いがあるのでしょう。
武藤 簡単にいえば、知識というのはWindowsやWordの使い方です。そういうのは経年変化があって、すぐ陳腐化しますね。ところが、知恵っていうのは経年変化がない。経年変化がない知恵をちゃんと次に渡さないといけない。僕がこのところ手がけている温度差発電だって専門じゃないんですよ。専門家はあちこちの大学にいるんです。でも活躍してない。その理由は、本質的なことばっかりやっていて、社会に還元するアプリケーションを考えていないからです。
奥田 先生や学者というのは、本質を研究する人たちではないのでしょうか。
武藤 本質を理解するためには、アプリケーションを通して理解しないと。ここが一番大事なんです。実際の現場でやらなければ、学問の常識とはまったく違うんです。学問のなかで閉じたほうが楽だしきれいだけど、実際は泥臭いものなんですよ。現場でやらないと学問は役に立ちません。
奥田 知恵を絞るというのは、そういうことでもあるんですね。
武藤 そうです。お金を使わないで知恵を絞るんです。じゃぶじゃぶお金を使う研究は、僕のスタイルとは違いますね。
エネルギー立国という道がある
奥田 武藤先生が、次に考えられていることを教えていただけませんか。武藤 今度、野田首相に提言しようと思っていることは「マグマ発電」です。日本というのは実はエネルギー大国なんです。マグマの熱って、1000℃もあります。九州の霧島連山にある新燃岳(しんもえだけ)のマグマだまりだけで、日本の原子炉の何基分もの発電ができるんです。だから、九州のマグマだけを使った発電で、日本中どころか、韓国・北朝鮮・中国・ロシアまでも補えるんですよ。
奥田 エネルギーを輸出するのですか。
武藤 いや、そんなケチなことをいわないで、無償で提供するんですよ。
奥田 それはいいですね。いいなぁ、その発想ですよね。
武藤 この方式が外交のカードとしてベストだと思います。九州から韓国に送電線の太いのを入れて、全部無料。
奥田 友好のためにもベストですね。
武藤 それだけの余るぐらいの電気がマグマから採れます。
奥田 設備投資はどの程度ですか。
武藤 たいしたことないです。だって、蒸気タービンを回すだけです。マグマは最初から熱だから、熱をそのままもってきてタービンを回すんですよ。火力発電を考えてごらんなさい。何で燃やす必要があるんでしょうか。すでに燃えているものが日本中にあるのに。これを使わないなんて、馬鹿な話ですよ。
奥田 技術的には難しいことはないのでしょうか。
武藤 既存の技術で十分です。そんな特殊な技術ではない。既存の技術で大量の電気を発生させるんです。こういう時に、国立公園で発電所を建設するなんて、どうのこうのって、変な質問をする人が必ずいるんですが、そもそも法律っていうのは人間がつくるものですよ。だから、そんな法律はすぐに変えればいいんです。
奥田 日本はエネルギー大国なんですね。それを利用していない。
武藤 そうです。マグマで電気を起こして、電気代なんかタダにすればいいんですよ。そしたら海外から、企業もやってきます。マグマ発電の工場建設や運営は、ロボットにやってもらうんです。そしたらロボット技術も進歩するし。夢もあって、面白いじゃないですか。
奥田 先生の発想の原点は、やはり“面白いこと”なのですね。お話を聞いていると、小さなマグマがからだの中に宿ったような気がします。長時間のインタビュー、ありがとうございました。
「先生の発想の原点は、やはり“面白いこと”なのですね。お話を聞いていると、小さなマグマがからだの中に宿ったような気がします」(奥田)
(文/谷口 一)
Profile
武藤 佳恭
(たけふじ よしやす) 1955年長崎県生まれ。慶応義塾大学で工学博士号を取得後、渡米。米国サウスフロリダ大学、サウスキャロライナ大学で教員として勤務。1992年、36歳の時にケースウエスタンリザーブ大学で終身雇用(tenured)契約を取得。専門分野は、ニューラルコンピューティング、セキュリティなど。帰国後、世界初の携帯電話のカメラ、お札鑑別機、床発電、温泉や廃熱利用の温度差発電など数々を発明し、世に出す。慶應義塾大学環境情報学部教授。