紙かデジタルかではない。要は伝える中身だ――第51回
丸島 基和
新文化通信社 代表取締役
構成・文/谷口一
電子書籍はどう発展していくのか
奥田 先ほど、電子書籍がこの震災で広がっていくのではという話が出ましたが、ネットでのビジネスや電子書籍に関してはどうお考えでしょうか。丸島 実は、当社もネット配信をやろうとしてるんですけれど、踏ん切りがつかないというか、人員を増やさなくてはいけないですし…。
奥田 専門の人員をということですか。
丸島 ウェブコンテンツをつくるという、デジタルの方向へ進むための人員です。当然ながら、経費も増えていくわけですけど、そこに本当に売り上げがついてくるのかという不安が常につきまとう。
奥田 ネットでの売り上げはなかなかついてこないですね。私も5年間苦労していますから…。その懸念はよく理解できます。
丸島 出版業界も明確な答えを出していない。誰にも出せていないんですよ、amazonがやってることは、結局はリアルな本の販売がメインですし、電子ブックのキンドルはいつ日本に上陸するかわからない。まだ、日本の市場での成功者がいないんですよ。
奥田 文明として結論が出ていませんよね。
丸島 試行錯誤しながら、みんな手探りの状態だと思います。例えば、岩崎夏海さんの『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』なんかも、電子書籍としては大ヒットしていますけれども、あれはリアルな書籍で200万部売れたコンテンツだからこそ、電子書籍でも5%がついてきたわけで…。電子書籍の京極夏彦さんの『死ねばいいのに』も、同じように5%、10%がついてきたということだと思いますね。紙の本ありきの話だったわけですよ。電子だけで商売はとってもできないし、電子のみにコストを掛けるわけにはいかないわけです。
奥田 確かにそうですね。
丸島 それに、電子書籍における著作権に関しても、クリアにしなければビジネスモデルが成り立たないと思います。紙の場合はだいたい刷部数×価格×10%ですが、電子書籍は価格が紙の本の半分程度ですし、ダウンロード数、つまり実売で印税をカウントするわけです。そしたら作家さんに入るお金は紙の何分の一かになってしまいます。これではやっていけないですね、作家さんも。共著で出版する場合もあるし、とくに雑誌なんかは何十人の人が関わっていますから、印税や原稿料の分配が大変な作業になってしまう。
奥田 前途多難ですね。
丸島 唯一、成功しているのが医学書です。
奥田 ほう!?
丸島 要するに学会に提出する論文はすべてデジタルですし、分厚い医学書から何かを調べたりする場合には、検索機能にすぐれているデジタル、電子書籍が必須というわけです。例えば1万2000円の紙の本を、デジタルだと1万8000円で売っているわけです。一般的な書籍の逆で、紙よりもデジタルのほうが高額です。そうであっても、確実に読者のニーズがある。アメリカでも専門分野のジャーナルは同じような現象が起きています。日本で今、デジタルで成功しているのは医学書だけですね。
奥田 今後はどうなんでしょう。
丸島 主役は読者なんです。読者が何を求めているかを掴んで、それを目指してつくり込んでいくことだと思います。単に紙の本を電子化しましたでは、何のサービスにもならないし、付加価値も付かないじゃないですか。それでは発展はありませんね。
奥田 結局は、読者に満足をしてもらえるものを作るということですね。
丸島 出版社も、そうしたことについて真剣に考えていますよ。
奥田 デジタルの世界も広がっていく気がしますね。
【インタビューを終えて】
『新文化』は、丸島さんの祖父、丸島誠さんが1950(昭和25)年に創刊された。丸島基和さんは三代目になる。丸島誠さんは1930(昭和5)年に『出版通信』の創刊以来、激動の戦前・戦中・戦後の日本の出版業界を支えてこられた一人である。紀伊国屋書店の創業者、田辺茂一さんとは生涯、非常に親しかったそうだ。そこからも文化人である一面がみえてくる。現在も誠さんをご存じの方が出版業界におられるそうで、基和さんが連載しているネット上のコラムを読んで、「文章がおじいさんにそっくりだ」と言われたとか。そんな評価について、基和さんはぽつりと言った。「僕は結構、誇らしいなと思っています」。
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Profile
丸島 基和
(まるしま もとかず) 1963年、東京都生まれ。85年、法政大学卒業。同年、ニッパン・ポニー入社。その後、取次会社日本出版販売に出向し、ビデオ・CDレンタルなどの複合書店の出店事業に携わる。89年、日本で唯一の出版業界専門紙『新文化』を発行する新文化通信社に入社。広告部を経て、『新文化』編集長を12年間務め、05年、社長に就任。11年3月から編集長も兼務。