紙かデジタルかではない。要は伝える中身だ――第51回
丸島 基和
新文化通信社 代表取締役
構成・文/谷口一
コンテンツの中身が読者に響くか
奥田 栄村の記事でいえば、このニュースと接点をもった記者がいて、その原稿を第1面に掲載する決断を行う編集長の見識があるわけですね。これは、紙とかデジタルとか以前の問題だと思う。丸島 要するにそのコンテンツに価値があると判断したわけです。
奥田 私もそうも思います。
丸島 今思えば、それだけだったという気がします。それを必要とする人がいるコンテンツであれば、取り上げたでしょう。ことさらデジタルであるからということで特別扱いしたのではありません。その役割がちゃんと果たされている媒体ということが理解できたからです。被災者には必要だったんです、その情報が。
奥田 まさにそこですね、大切なのは。
丸島 今回の大震災で、電子書籍が一気に広がるという見方がある一方で、停電になったらまったく使えないじゃないかという人もいます。それも使い方次第だと思います。紙かデジタルかということではなく、何を発信できるのかだけではないでしょうか。
奥田 栄村の記事の経緯についていえば、まずデジタルで発信された京都精華大学の松尾眞先生のレポートを、電子書店「わけあり堂」さんが電子書籍として配信され、その状況を『新文化』で取り上げられたわけですね。
丸島 そういうことです。
奥田 伝えるということに関して、紙は俯瞰できるし、行間を読むことができる。大切な媒体だなと思いましたね。大震災後の石巻日日新聞の活動について書かれた日本経済新聞の記事をご覧になりましたか。津波で被害を受けて輪転機がダメになってしまった。そこで濡れなかった新聞ロール紙を裁断して、それに手書きで原稿を書き込んで、避難所6か所に壁新聞として貼り出したんです。ライフラインの復旧状況や避難所での生活関連情報を伝え続けた。避難されている方の全員がその壁新聞を食い入るように読んでいる。同じ新聞人として、大いに感動しました。どんな状況に陥っても新聞を出していく強さというか、紙の強さというか、メディア集団の思いの強さを感じましたね。
この『新文化』3月31日号にも、僕はその強さを感じたんです。
丸島 ケータイで情報を発信しても、この記事の臨場感はうまく伝わらないでしょうね。
奥田 紙とデジタルは特性が違いますよね。
丸島 見出しだけなら伝わるかもしれません。現象がどういうものかも、たぶん伝わるでしょう。しかし、記事に対する思いのようなものは通じない。書き手のメッセージは伝わらないでしょうね。
奥田 そうですね。
丸島 コンテンツというのは中身であって、それをどういうふうに表現するかの手段として、デジタルがあったり、紙があったり、またまったく違うものが出てきたりするかもしれないし、それはコンテンツの中身で判断すればいいだけの話です。そこに垣根をつくるのは意味がないし、なんで『新文化』が紙の媒体なのに、電子の情報を取り上げたのだという是非論は無意味で、読者が読んでくれた時に、この記事はよかったと思ってくれればそれでよいということでしょう。
奥田 私もそう思います。