独自の情報分析で中国と日本に提言する――第49回
柯 隆
富士通総研 主席研究員
構成・文/谷口一
日本重視の流れ
奥田 1980年代の後半に日本に来られてから現在までの20年間というのは、日本にとって成熟から老化という非常に興味深い時期なわけですね。柯 失われた20年です。
奥田 中国は成長期で立ち上がっていく。今、両方の国をどういう視点で見て、どう感じておられるのでしょうか。
柯 私は日本の絶頂期にこちらへ来たわけですけど、そのあと少しずつ少しずつ日本経済は下がってきました。そのダイナミズムのなかで日本を経験してきているわけですから、断片的ではなく、全体の流れを通して見ています。2009年の9月からは、NHKから電波を送って、日本の経済についてのコメントを中国のTVで放映しているのですが、そういう番組をやっていることから、もう一度しっかりと日本を見るようにしています。日本という国はどうしてこう落ち込んでいるのか、と。
奥田 NHKの番組ですか。
柯 中国の中央テレビの番組です。彼らは日本にスタジオをもっていませんから、NHKから電波を飛ばしてライブでやっています。アメリカもヨーロッパもやっていない生放送の番組です。視聴者は何億人もいます。
奥田 ライブだと、どんな発言が飛び出すかわからないですね。
柯 彼らも相当にリスクを覚悟して始めたわけです。もう一つ、中国で大きな変化があります。それは日本に関する研究・調査・分析の予算がものすごく増やされたことです。私も中国から呼ばれて講演に行きますけど、講演料をもらったことがないんですが、去年から講演料をくれるようになりました(笑い)。
奥田 柯さんの格が上がったわけではなく…。
柯 そうではなくて、日本の情報、たとえば日本経済の変化とか、そういう情報の価値が認められるようになったわけです。それと同時に、テレビ番組でもわずかですが出演料をいただけるようになりました。これは、いろんな意味で、中国が対日重視にシフトしている一つの証だと思います。普通の人ではわからないことです。それから、北京には日本研究所というのがあるんですが、2011年は30周年記念で相当の予算をもらって、日本からも大物の人たちを呼んで大々的なセレモニーをやりたいと言っています。
奥田 中国に変化が起きているんですね。
柯 自分は中国人で海外に住んでいますけど、自分の国がどう変わっていくか、常に関心をもってウオッチングしています。
羅針盤をもたない日本丸
奥田 柯さんには今の日本はどう映っているのでしょうか。柯 この間、テレビ東京のワールドビジネスサテライトという番組に出演した時に皆が共感してくれたことがあります。それは日本がシンクタンクをもってないということです。何とか研究所と名前がつくところはいろいろありますが、これらはお金を儲けるコンサルタント会社です。
奥田 国家レベルでということですか。
柯 民間でもいいのです。金儲けを考えるコンサルではなく、戦略を考えて政策提言をする本当のシンクタンク、これがないんです。ワシントンに行けばたくさんあります。日本にはなぜか見当たりません。だから政治家たちが思いつきで発言したり、マニフェストもちゃんとバックアップするデータもなしにやっている。最近になってやっと、日本という国は戦略がない国だなというのが、ようやくみんな気がついてきました。要するに後ろで研究する人がいないんです。私の考えではシンクタンクは羅針盤です。日本丸は羅針盤を積まずに大海へ出ちゃった、そんなふうに思います。それから、この国は情報を集約するファンクションをもっていない。どこにどんな情報があるのか誰にもわからない状況です。日本の社会を見ているとそのあたりは大きな欠陥だと思います。
この間、イギリス人の若い研究者が『What Does China Think?』、中国は何を考えているか?という本を出したんですけど、中国がどうしてここまでrisingしてきたのかということが書いてあるわけです。それがどうしてかというと、中国にはシンクタンクができている。社会科学院というのは4000人規模の研究者がいて、哲学・歴史・経済・投資・貿易・金融いろんな研究をしている。北京にはそれ以外にもいろんなシンクタンクがあります。そういう研究者は、われわれともつき合いがありますから、彼らが政策提言をしているのは知っています。
奥田 シンクタンクがないというのはおっしゃる通りで、大きな課題ですね。ほかに日本に関して感じることはありますか。
柯 あえて申し上げたいのは教育ですね。理科系はまだしも、文科系はひどいです。たとえば中国のことなんかも30年前の知識です、それをもって学生に教えるわけですから、学生たちは卒業して就職して、中国と協力・競争したときにやっていけるかというと、やっていけないですよ。それが日本の現状です。