中国市場に深く根を下ろして宝の山に挑む――第48回
小澤秀樹
キヤノン(中国) 社長
構成・文/道越一郎
中国でビジネスを展開するということ
奥田 日本と中国は国家体制も違いますし、歴史や文化も異なります。現地化といっても、なかなか一筋縄ではいかなかったのでは?小澤 日本の常識が中国の非常識だったり、中国の常識が日本の非常識だったりすることは、それはもうたくさん……。ただこれは、実際に中国に住んでみなければわかりません。ちょっと出張で訪れるぐらいでは見えないことも数多くあります。
奥田 日中の違いは、どの程度のものですか
小澤 中国人そのもののキャラクターの違いに加えて、社会主義国家と資本主義国家という大きな違いがあります。欧米と日本の違いよりも、中国と日本の違いのほうがもっと大きい。さらにその違い方も「そんなのあり得るの」と思うほどのものです。
奥田 ルールそのものが違うということですね
小澤 野球でいえば、例えば日米間では細かいルールの違いこそあれ、アメリカでも日本でもピッチャーはピッチャーマウンドから球を投げる。これがスタンダード(標準)です。ところが中国では、ピッチャーマウンドにピッチャーはいません。あくまでもたとえ話ですが。
奥田 ピッチャーはどこから投げるんですか?
小澤 ボールがいきなり後ろから飛んできたりします。物陰から投げたりするかもしれない。そこで文句をいうと「ここは中国だ。中国の野球ではどこから投げてもいいルールだ」といわれる。
奥田 日本やアメリカでは「そんなの野球じゃない」といわれますよね。
小澤 ここ中国では、それが野球なんです。ビジネスも同じ。どこから飛んでくるかわからないボールを打ち返すのが、中国でビジネスをやるこということだと思います。
奥田 そういった事情というのは、日本の本社でも共有されているものなんですか?
小澤 日本の本社には理解されにくいでしょうね。中国で責任者を務めている人たちの共通の悩みは、おそらく「板ばさみ」ではないでしょうか。本社と中国の現場の間に挟まりながら、中国の現場を日本の本社に理解してもらおうとするけれど、なかなか難しい。
奥田 球が後ろから飛んでくる野球なんて、考えられませんからね。
小澤 本社にいても、中国の事情をわかっていれば問題はないけれども、それがわからないと、理解してもらうのが非常に難しい。時間もかかります。日本の本社に、事情を理解している人がいれば、こうした悩みはずいぶん軽くなります。
成長力が大きいからこそ変化が激しい
奥田 ヤマダ電機が瀋陽に出店しましたが、現地の販売店との違いはありますか。小澤 中国は中国、日本は日本という考え方ですね。仮に日本で最大手であっても、中国の他の1000社と同じようにおつき合いしていきます。もし日本の販売店だけを特別扱いすれば、これまでの顧客に「なぜ特別扱いするのか?」といわれてしまいますから。
奥田 キヤノンのほかにも多くの企業が中国市場を狙っています。成功に必要なこととは何でしょうか。
小澤 まず、ここではここのやり方があるということを理解することでしょうね。
奥田 やはり現地化ですか。
小澤 そのためには人間パワーで負けてはいけません。本当の意味での国際化が必要です。海外での交渉能力をしっかり身につけ、海外で成功する術を学ぶ必要があります。言葉ができない、社交的でない、外国人のなかに入っていけず、日本人だけで固まってしまうようでは、負けてしまいます。
奥田 しかも中国は変化が激しい。
小澤 いろんな物事の動きがとても速いので、半年も間があくと中国を語ることはできません。どんどん変わっていきます。実際、半年もすれば街の景色も変わってしまいます。1年前の話は古新聞です。
奥田 BCNもそこに一つのビジネスの可能性を感じています。中国のリアルタイムな情報はまだまだ日本には少ないですから、それをきちんと伝えていきたいということで、複数の記者を頻繁に中国へ派遣して取材を続けています。
小澤 今、中国は世界で最もおもしろい国ですよ。ちょうど1960年代、70年代、あるいは80年代のアメリカを彷彿とさせるものがあります。宝にありつくのは簡単ではありませんが、中国には宝の山が、まだまだたくさん眠っています。
奥田 キヤノンとしてはどうやってその宝を見つけていくんでしょうか。
小澤 現在、約1000社の取引先を19の拠点でカバーしています。しかし広大な国土に散らばる13億人の市場を考えると、まだ不十分です。顧客の近くにいて、きちんとコミュニケーションをとって売り上げを拡大していく必要があります。100万都市でも270か所以上ありますから。拠点をあと10程度は増やしたいと思っています。
奥田 どのくらいの売上規模を狙っていきますか。
小澤 この5年で4~5倍規模に拡大してきましたから、その勢いで2017年までに日本円で1兆円規模にしていく計画を立てました。あと7年の期間がありますが、できればこれを前倒しにする勢いで達成していきたいと思っています。
「中国は変化のスピードが猛烈に速いので、リアルタイムの情報が求められている。BCNもそこにビジネスの可能性があると感じています」(奥田)
(文/道越 一郎)
関連記事
Profile
小澤秀樹
(おざわ ひでき):キヤノン(中国)有限公司社長、キヤノンアジアマーケティンググループ社長、本社常務取締役 1950年生まれ、慶應義塾大学法学部卒。78年 Canon U.S.A. カメラ事業部、92年 Canon Singapore カメラ事業部長。03年 Canon Hongkong 社長に就任。04年、Canon Singapore 社長を経て、現在キヤノンアジアマーケティンググループ社長、キヤノン(中国)有限公司社長、本社常務取締役を兼任。