中国市場に深く根を下ろして宝の山に挑む――第48回
小澤秀樹
キヤノン(中国) 社長
構成・文/道越一郎
現地の言葉を使えば誰もが耳を傾ける
奥田 中国語はどうですか?小澤 少ししゃべれるようになったところで、徐々に中国語を使い始めました。中国語で話すと、場が静まるんです。普段なら、どっちみち通訳が入るからと聞いてない人たちも、中国語で話すと聞いてくれます。ただ、現地の人からすれば、幼児言葉みたいに聞こえることもあるようです。
奥田 社長がそんな言葉遣いではみっともないという声もあったんじゃないですか?
小澤 意味が通じれば、ちょっとなまっていたり、言い方がおかしかったりしてもいいじゃないですか。昔、パンナム(米・航空会社)の社長が大相撲の優勝力士にトロフィーを渡すときの様子が頭にあったんです。
奥田 ああ、あの「ヒョー・ショー・ジョー」ですね(笑)。
小澤 たどたどしい日本語でやってましたよね。周りの人間に聞いてみたんですよ。あれをどう思ったかって。すると、やっぱり誰もが好感をもっていました。おもしろい、とか。中国で私はあのスタイルでいこうと思ったわけです。
奥田 そうはいっても、中国語はだいぶお上手になられたのじゃないですか。
小澤 最近はスピーチの前半部分ぐらいは中国語でしゃべるようにしています。人間関係で言葉は重要です。多少間違っていても注目されますし、結構笑ったりしてくれます。意図しないところで笑われたりもしますが(笑)。そんなことを通じて、あれが、キヤノン中国の社長なんだと覚えてもらえる。
奥田 通訳をつけて話すのは、やっぱりダメですか。
小澤 これまで、アメリカ、シンガポール、香港でビジネスをしてきましたが、通訳をつけて話すことになったのは中国がはじめてでした。通訳を通じて話すのはかなり違和感がありますし、ストレスがたまります。親しみも感じられない。ですから、できるだけ中国語を使うようにしています。
奥田 中国語でお好きな言葉があるとか。
小澤 「越来越好」(イエライイエハオ=だんだんよくなってくる)という中国語ですね。実はこれは私の「造語」なんです。会う人ごとに使っていたら、挨拶代わりの言葉として現地の方々にもずいぶん浸透してきましたよ。
社名もブランドも現地化する
奥田 社長個人だけでなく、企業としても現地化を進めていかなければなりませんね。その点については…。小澤 実は、中国では「Canon」が読めない人が多いんです。中国に着任してから半年ほど経った頃に、英文字が読めない人が多いことに気がつきました。漢字で「佳能」と表記すると読めるのですが、これがCanonと結びついていなかったようです。
奥田 読めなければブランド力は上がってきませんよね
小澤 キヤノンは全世界でCanonという英文字の社名ロゴを使っていますが、中国だけは英文字の社名ロゴの横に漢字の「佳能」(ジャーノン)のロゴと「感動・常在」というスローガンを置くようにました。
奥田 世界戦略の一環として、かたくなに英文字のロゴを使う会社もあるようです。
小澤 中国なりのやり方、いわゆるローカライゼーションが、成功するためには重要です。社名に始まり、プリンタ、カメラ、コピー機と、ほとんどすべての製品に中国語の名前をつけています。英文字と漢字を併記するスタイルです。あまりかっこよくないかもしれませんが…。
奥田 まず知名度を上げるのが先、ということですね。
小澤 認知度の高まりにつれて製品のよさも認められ、中国市場でより受け入れられるようになりました。さらに消費者の購買力も年々大きくなってきています。ブランド志向も高まって、多少高くても品質がいいもの、みんなに自慢できてメンツが保てるものが求められるようになってきました。中国でキヤノンが伸びているのは、こんな事情も背景にあります。