何事にも常に二面性がある
奥田 改めてうかがうのですが、姫田さんはどういう視点から中国や中国人を見ておられるのでしょうか。姫田 そうですね、一般市民の生活とか、彼らがどう考えてどういう方向に向かおうとしているのか、そこに興味がありますね。現地企業のトップの人たちもそういう視点をもたないと、何かあったときに、事の背景がつかめないと思うんです。そういう視点が、従業員である中国人の心をつかむことにもなると思うのですが…。
奥田 その心がつかめていないのか、中国の人たちは転職が多いと聞いています。
姫田 中国人は決断も行動も速い、悪く言えば短兵急です。そういう面からも日頃から心をつかむことは非常に重要です。もちろん待遇面も重要です。昔の国営工場では工場長が一種、家長のような存在で、従業員の家庭を相当面倒みていて、ファミリー的な雰囲気があったようです。
中国人は個人主義のイメージが強いみたいですけれど、意外にレクリエーション好きで団結を重んじる面もあります。アメリカでの生活経験がある人には、実力主義の人も多いと思いますが、全体的にはファミリー的な傾向もかなり根強くあると思います。
奥田 そういうファミリー的な匂いを日本企業のなかに見出すということもあるでしょうね。
姫田 それはあると思います。たとえば運動会も日系企業から中国社会に浸透していったイベントではないかと私は思っています。一致団結して競技をしたり、応援したり。
奥田 なるほど、中国人にもそういう面があるんですね。
姫田 リーマン・ショック以降、多くの中国人がいい会社でなるべく長く働きたいと考えるようになったと感じています。国全体の景気がいいと言ってはいるものの、雇用の受け皿は少なく、転職も非常に難しいのが実情だと思います。失業率は肌感覚でいえばかなり高いのではと感じています。
奥田 生活がしづらいということですか。
姫田 そうですね。数年前に比べるとしづらくなっていますね。
奥田 中国の経済は伸びていると認識していますが、姫田さんの肌感覚ではそうでもないと…。
姫田 物事には常に二面性があります。統計数字だけでは見えないところがあります。つまり光と影があると思います。
奥田 だから現場の視点が必要だというわけですね。
姫田 そうです。現地にいないと見えてこない。いい面も悪い面も見えてこないと思います。
だから、日本人の中国感が変わらない
奥田 今、一般的な日本人が捉えている中国と、姫田さんが実際に住んで感じている中国に対する感覚とは、違うものなんでしょうか。姫田 全く異なります。この温度差は埋めがたいものです。日本が中国を見る角度はいつも同じで、GDP成長率はいくらで、CPIはどうだとか、マクロの数字でしか見ませんね。あるいは過去のイデオロギーで中国を見る人も少なくない。自分で行って感じてみようという人は非常に少ないです。
奥田 日本人が抱くのは、どんなふうな中国観だと。
姫田 本当にステレオタイプで、パジャマを着て外を歩くだとか、マナーがなっていないとかがテレビで放映される。こんなことを報道している場合じゃなくて、主人公である国民が何を見、何を考え、何に絶望し、何に希望を見いだしているのか、そういった等身大の中国人を伝えるべきだと思います。そうでないと、日本人の中国観は永遠に変わらないでしょうね。
奥田 等身大といいますと?
姫田 たしかに、マナーや礼儀はまだまだのところがありますが、国際情勢を見る目とか経済動向を見る目は、ごく一般の人でもかなり高いと思います。売店のおばさんですら、経済チャンネルで有名エコノミストの話に耳を傾けています。
奥田 国際的視野をもっているということですね。
姫田 上海では外資を導入した結果、市民全体の意識がグローバライズされました。ホワイトカラーの多くが英語か日本語を話せます。一方で、いつも通訳をつけている日本人に対してはシビアです。韓国人は4か国語を話しますから、ビジネス的にも日本は苦しい立場にあると実感しています。
奥田 とくに上海の中国人は国際感覚が磨かれていると思いますが、労働意欲という面ではどうなのでしょうか。
姫田 日本人と比較すると、決して高いとはいえません。日本人が勤勉すぎるのかもしれませんが、普通の中国人は9時から5時まで働いて、残業しないで帰る、それが一般的です。何を基準にするかということもありますが、労働の質もまだまだ高いとはいえないです
奥田 国際感覚があって視野も広くて、だけど労働意欲はまだ低く、転職も多いということですね。全体では満点ではないと。まあ、何が満点かも難しいんですが…。
姫田 どの面で日本と比較するかですけれど、労働意欲という面では、まだまだ日本には及ばないとは思います。だけど、他の国民と比べると逆に相当優秀な面が浮き彫りになります。要するに、スタンダードを念頭に置いて観察することも重要だと思います。